60の素材には、60のタレを自分で作る

すべてを自分で作る

やがちゃんキムチでは、ほぼすべての商品を自作しています。
店内で販売しているもので自作でないものは、韓国のりや冷麺といった乾物商品くらいです。

それだけではありません。

やがちゃんキムチは、すべての商品に使う「調味料」(化学調味料の意味ではなく、自然調味料です)も、「自作」しています。

塩まで作る

タレの基本は以下の10種類です

(タレ) →  (用途)

ヤンニョムジャン→ヤンニョム系の基本だれ
スーパーヤンニョムジャン→魚介系キムチ
マイルドヤンニョムジャン→野菜系キムチ
オリーブ七味→からあげ、やきそば、甘辛チキン
野菜用醤油ベースキムチだれ→香辛野菜系キムチ
コチジャン→全般
丸大豆醤油だれ→全般
もみだれ→焼肉系
和風だし→全般
塩(夢の塩)→野菜塩漬け、唐揚げ味付け、ナムル等

この10種類のタレを、各商品の素材に合わせて、それぞれブレンドしています。

最近になって「塩」の自作ブレンドも始めました。
これによって、化学調味料等の食品添加物だけでなく、酵母エキス等の疑似化学調味料も使わない路線がより強固に確定しました。

もちろん、醤油やみりん等の市販素材はタレの素材として使います。
しかし、商品に直接使う「タレ」は、すべて、自社で製造しています。

つまり、やがちゃんキムチには約60種の商品がありますが、60通りのタレを作っているという意味です。

同じタレは、他の商品には使いません。60種の商品に対して、60のタレを作っています。

効率が悪くても、そこは譲らない

これは、非常に非効率的なことです。
一つのタレで総てが済まないわけではないです。
そのほうが余程効率的で、利益も上がります。

しかしそれでは、最高の味が出るわけ無いです。
素材にはそれぞれに最適のタレの味がある。

だから、すべて、違う味のタレを作り、使うのです。

タレ作りは業務の要です。

タレで商品の味が決まります。いくらいい素材が手に入っても、タレがだめだと、いい商品にはならない。

素材もタレも、最高の品質とマッチングを

いいステーキ肉が入っても、いいソース(タレ)があると無いとでは大違いですね。
そのような例は、よく散見されます。
肉屋さんや魚屋さんが、一流の素材を扱いながら、いい加減なタレを一緒に売っている例も多いです。

それではだめなのです。

それは私どもの誇りです

味付けのタレまで、すべて自分で作る。何から何まで、塩まで作る。

それは、キムチ屋としての私どもの矜持であり、また、哲学でもあります。

もちろん、無添加であること、限りなく美味であることは、いうまでも無い前提条件です。

すべての商品に、ベストの味を追求する。

すべてを、自分で作る。

やがちゃんキムチは、そういう店です。

 

キムチは本来腐らない

キムチは腐るのか?

 

お店で頻繁にお客様から受ける質問は・・・

「これはいつまで保存できますか?」

です。賞味期限ですね。

当店の商品には全品賞味期限が表示されています。

ただ、当店のキムチでは、この期限の示す意味合いが多少違います。
普通賞味期限とは、
「この日までに食べてください」という意味合いですが、やがちゃんキムチでは、ニュアンスが違うのです。

野菜系キムチの場合は、

●賞味期限までに召し上がって頂ければ、通常の味わいです。期限寸前になると発酵が進み、酸味が出る場合もありますが、これは腐敗とは違います。期限が過ぎると、その発酵熟成が進みます。酸味も増しますが、旨みも増します。それが大変美味しいと感じられる方も多いです。

ただし、気候条件や保存状態によって、この基本が崩れることもあります。お気になさる方も多いので、賞味期限までにお召し上がりください。

ということです。

魚介系キムチの場合は、

●賞味期限までは通常の味わいです。期限寸前になると魚介にタレが沁みて、魚介本来の味が失われる場合もあります。期限が過ぎても腐敗にはなかなか至りませんが、気候条件や保存状態によって、この基本が崩れることもあります。ですから、賞味期限までにお召し上がりください。

私自身は、「白菜キムチ 頂」が、かなりの酸味が出たころに食べるのが大好きです。
酸味の出たキムチを白いご飯に乗せて、たっぷりと食べる・・。
これはたまりません。

ですが、やはり、賞味期限内に召し上がるようにお願いします!・・と申し上げておきます。

個々のニュアンスの違いを理解されたうえで、ご自信の責任のものとに賞味期限を過ぎて召し上がる方もいらっしゃいます。

それでもやはり、公的には、賞味期間内に召し上がることを推奨いたします。

結果は、このように普通の賞味期限と同じ意味なのですが、ニュアンスの違いがお分かりいただけたでしょうか。

「やがちゃんキムチは長期間腐りませんが、賞味期限までに召し上がってください!」

 

 

 

休日散策と名店のアナゴ丼

今にも雨が降りそうだった本日の休日は、自宅近くの松戸駅周辺を散策。駅前の繁華街を歩いたり、旧水戸街道沿いを進んだり、徳川昭武の別邸の戸定邸を訪ねたり。

帰りはこれも風情のある「馬橋」駅から自宅のある「小金」まで、さらに歩きました。
半日歩き続けて、気持ちのいい疲労感に浸りました。

 

途中、旧道沿いの著名な和食店で、有名な「アナゴ丼」を頂きました。

 

とてもシンプルな味つけで美味でしたが、もし自分がアナゴ丼を作るなら、酒でふっくらさせた後にもっとタレをかけて、甘辛くしたい。もちろん、出汁が効いて、無添加で多少の辛味があるような味付けで・・・などと思いました。

でも、このお店は恐らく、開業以来味を変えていないんでしょう。
それはそれで、存在感があります。徒に新しければいいというものでもないですし。
常に革新を意識しながらの守旧主義ならそれでいいのです。

そういえば以前、「アナゴのキムチ煮」というのを作り、一時ネットで売ったことがあります。
作るのに難度が高くて止めてしまったのですが、あれはあれで、自分にはいい経験でしたし、すごく美味でした。
ところがその時、あるコンサルタントさんに、「アナゴのキムチなんかやってましたよね」と揶揄するように言われたことがありました。
「なんか」とは何だ。何がわかる。それも、食べてもいないのに・・・と思いましたが、口には出しませんでした。

この方は、やがちゃんキムチを「キムチ屋」としてしか理解していなかったのだと思います。

やがちゃんキムチを最も理解しているのは、コンサルさんたちではなく、実際にお金を払って買ってくださるお客様です。それは間違いがありません。

お客様は、うちをキムチ屋としてではなく、「やがちゃんとかいう人が一生懸命新たなグルメを次々と開発している美味しいお店。それも、全部無添加で。そういえば、キムチが多いかな」というように認識してくださっています。だから、新商品をご案内すると、すぐに買ってくだいますし、感想も度々下さいます。

南柏本店の店頭にしても、キムチはもちろん、唐揚げはある、弁当はある、コロッケはある、たまに焼きそばあるし、タレはある、キムチだって50種はある、最近は塩まで作って売っている。もちろんオール無添加。そして、ご好評を頂いています。

単品のキムチ屋では、全然無いのです。

アナゴのキムチがあっても、いいじゃないですか。

などということを思い出しながら食べたアナゴ丼でした。
次はここで天丼を食べようと思います。
どんな天ぷらと、タレなんだろう? 食べるまでに色々思いを馳せるのもまた、グルメの楽しみです。

料理に順位などつけられない

料理の順位付け自体がおかしい

一例ですが、ミシュランガイドというものがありますね。

といっても、興味がないので、私は実際にその本とやらを見たことがありませんが、高級レストランや和食店などに「星」をつけて評価するものらしいですね。最高ランクは、三ツ星だそうです。

それでどうした?・・・・と思います。

食べるものに、順位がつけられるのでしょうか?

しかも、基準がはっきりしない。
もちろん、「味」とか「雰囲気」とか「サービス」とか、さまざまの基準があるのでしょうが、それはそれとして、それで何点とろうが、それでどうした?・・・・と思います。

味の評価は「主観」です。

サービスへの評価も「主観」です。

雰囲気をどう感じるかも、どこまでも「主観」です。それ以外のもので判断のしようがありません。

主観でしか判断できないものに、数字で表現する客観的な「順位」をつけるという行為。それ自体が間違っていると思うのは、私だけでしょうか?

数字で評価を表現することは、あまりにも安易です。

たとえば、一皿の料理には、料理人やそのお店のさまざまの歴史や人生が影響しています。

食材の選択にも、調理の方法にも、盛り合わせの仕方にも、その人の、その店のすべてが反映されます。

それを単純にランキングや星の数で他の料理と「比較」など出来るわけがないのです。
それは、星をつけられた店にも、つけられなかった店にも、同時に失礼な行為ですし、料理という人間の崇高な行為に対する冒涜にもつながると思います。

料理は、ただ料理として味わう

料理は、ただそれとして味わう。
そして、美味しいか、そうでないか、感動するか、心を揺さぶられるか、そうでないか、それを一人ひとりがそれぞれに感じる。それだけでいいのです。

作る人と、食べる人の静かな会話。
それが、料理を味わうという行為です。

真剣に食べる人には、時には他の人に見えないうそやごまかしが見えることがある。
それも含めて、料理を作る、食べるという行為は、人間だけが味わえる一つの芸術作成行為、芸術鑑賞行為であるともいえます。

それを、やれランキングだ、やれ星の数だ、やれグランプリだなどと、下心の含まれた商業行為で汚してはなりません。

そして、作る側も、徒にそういうコマーシャルベースに乗ってはいけないです。

やがちゃんキムチがそのような星の対象になることは間違ってもないでしょう。
が、それはそれとして、その手のイベント等からは距離を置き、これからもずっと「わが道」を行きます。

 

 

真贋の森 (食の本物と贋物)

松本清張の名作「真贋の森」。久々に読みました。

優れた作品というのは、繰り返し読んでも、読むたびに新たな感動や気付きがあるものですね。

実力のある初老の美術評論家が、田舎に埋もれていた模写の名人を徹底指導し、著名な日本画家の贋作を次々と画かせます。

それを自分を排斥した学会中枢の評論家達に鑑定させ、「真作発見!」と発表させた後、「あれは自分が指導した田舎作家が画いた一連の贋作だ」と公表し、彼等に大恥をかかせるという筋立てです。

計画は周到に進められましたが、いざ公表寸前という段になって、頓挫します。

計画の一端を、なんと田舎作家が知人に漏らしてしまったのです。
田舎作家にしてみれば、「これだけそっくりに画ける自分は天才である」という自負を持ち始め、それを誇りたいという衝動がそうさせたのでした。

こうして、報復の計画は果たされずに終わります。

こういうストーリーなのですが、今回の読後私は、「真贋」の問題を「食品」に当てはめたらどういうことになるのかを考えました。

食品は芸術ではありません。食べればなくなりますから、「作品」として残すことも出来ません。

ただ、食する人の「感動」を呼ぶこともあるのも事実です。
それが芸術的感動に匹敵する瞬間があることも、時にあります。
ただ、それであるからこそ、「真贋」の問題が起きることがあるのかもしれないです。

今の世の中、ネットで食べた感想を気軽に書き込めますし、それを評価制にしたり、ランキングとして表現することも流行っていますね。やがちゃんキムチのメニューも、多くの方がご評価を下さっています。

そんな中、「食通」と自称する人もいます。その方々の評価は、影響力を持ちますね。

でも、食品に「真贋」があるのでしょうか?

無添加だから正しいとか、添加物で偽装しているから間違っているとか、ここではそういうことは書きません。

「正しい」「本物」と自称する人には、どこか胡散臭さも漂います。

そういうことではなく、毎日食品をこの手で作っている立場として、今言えることがあるとすれば・・・

1)食べるものに対する評価は千差万別。ポイントやランキングがあるのは結構だが、一番の基準は、個人の主観である

ということです。

カレーライスのランキングがあるとしても、たとえば私自身の「ベストカレーライス」は、子供のころ母親が作ってくれたカレーです。
朝学校に出かけるときに、「今日はカレーだよ」と母に言われると一日中ワクワクし、家に帰るのが楽しみで楽しみで仕方がありませんでした。

同様の方は多いのではないでしょうか?

食べ物が美味しい、美味しくない、と評価する基準には、その個人の過去の思い出や経験も加わります。そこがまた、食べ物の奥深いところなのだと思います。

こう考えてくると、芸術でも同じことかも知れません。

私にとって「ベスト芸術」を挙げろ言われたら、ひとつに、ピカソの「青の女」という絵です。

これは、人生の進路に悩んでいた20代前半のときに上野の美術館のピカソ展で見たものですが、青が基調の女性像の唇の赤さが、当時結婚を考えていた女性を思い出させ、衝撃を受けたものです。(結局結婚は破談になりました)

もうひとつは、奈良の中尊寺の「弥勒菩薩」。

 

会社経営が思わしくない30代の時に奈良を訪れ、この像の前に座り、一時間も見入っていました。
これからどういう生活が待ち受けようとも、仏様は許してくれるのかな・・・ということを考えたのを覚えています。

そうです。

芸術作品に対する評価も、個人の生活の状況で変わるのです。

私たちは、自分というひとつの生きた存在として芸術に向き合うのですから、当然ですね。

芸術ですら、そうです。

食べ物なら、尚更ですよね。

食の「真贋の森」も、芸術同様に奥深いです。

ただ、どんな食でも、愛情が伴われて作られたものは、贋物ではありません。
本物です。食べて美味しくなくとも、本物です。

そこが、芸術と食品の違うところなのかも知れませんね。
食は、「作る動機」が重要なのです。

添加物を入れまくったり、誇大広告をしたりして売りまくり、自分の利益だけあればいいという姿勢で作るものは、どんなに美味しく感じられようとも、私には「本物」には思えません。

また、偉ぶって「俺のものこそ本物だ。おまえの作るものは贋物だ!」と言ってのける食の評論家の評価も、「贋物」の場合があるということですね。
評価は、絶対のものではありません。それを絶対のように表現してしまうひとは、真贋の森で迷子になり、ただ叫んでいるだけなのだと思います。

今日の結論。

人を愛するがゆえに作る食べ物に、贋物はない。

ただ己の利益のために作るものには、贋物がある場合がある。

 

フェイスブック記事より

フェイスブックではかなり頻繁に記事を投稿しておりますが、プライベートな内容も多いので、公開はしておりません。

最近の投稿のなかから、ひとつご紹介いたします。

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先ほどご来店の女性のお客さん。キム唐と塩唐のお弁当とキム唐単品をご注文。
「ウチの子がね、今日誕生日だから、ケーキでも買ってあげようか、と聞いたら、やがちゃんの唐揚げがいいって。おたく、すごいわね。ケーキに勝ってるわよ」と。

嬉しくなって、「お祝いに!」と唐揚げをメガ盛りにして差し上げたら、お母さん、「うれしいわあ!」と涙ぐんでくださいました。
僕も、ちょっともらい涙。

うちの唐揚げは無添加美味。安全性と美味しさはどこにも負けない自信があるけど、それは別としても、こういうお客さんとのやり取り、コンビニや最近増えてきた大手の唐揚げチェーンじゃ絶対に出来ない。

お客さんは、お金儲けの対象じゃないです。自分の生き甲斐の対象。だから、添加物なんかバンバン入れたり、油を真っ黒になるまで代えないような唐揚げなんか売れません。自分の生き甲斐を汚してどうするの。

今頃あの親子さん、メガ盛りの唐揚げを頬ばってくださってるでしょう。

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以上です。

ところで、ブログの書き方については、10数年も前に、ある専門家のセミナーで、「マナー」だとか「理想的な記事の組み立て」とかを習ったことがあり、どうにもその「束縛」から抜け出られないでいました。

あまり真面目ではない自分ですが、やはり、「三つ子の魂百まで」で、捉われてしまうんですね。

・・・と、人のせいにするのはいけませんね。
自分の表現力が足らないせいなのです。

それはともかく、フェイスブックでは特にそういうことがなく、結構自由に書けています。

ただ、上にも書きましたが、かなり狭い範囲での個人的な事項についてのことが多いので、公開もはばかられるわけです。公開したからといって、特に何も起きる訳でもないのですが。

今後は、このブログにも、あまり気にせずに軽い感じでいろいろと書いていこうと思います。

どうぞよろしくお願いします!

 

竹富島で起きたこと(その2)

(前巻から続く)

竹富での最後の晩に「やがちゃんに相談があります」と言って来た若い二人とは、民宿の大浜荘で働く「ヒロ君」と「くみさん」。共に30代半ば。

上の写真の左右に立つ二人です。真ん中に立つのは、宿のご主人の大浜勝さんです。

沖縄県竹富島。石垣島からさらに船で行く、小さな離島です。

神戸から来て・・・

二人は神戸で介護の仕事をしていた同僚の男女ですが、昨年夏に竹富島に遊びに来て、その自然と人情の温かさに心を打たれました。ちょうど神戸での辛い仕事に見切りをつけたいと思っていたところなのです。

二人で相談し、決めました。だめでもともとです。思い切って、宿のご主人の勝さんに打ち明けました。

「旦那さん、私たちを住み込みで雇ってください。給料はいくらでもいいんです。ただ、生活さえできれば。宿の仕事は何でもしますから!」

驚いた勝さん。しかし、迷いましたが、事情を聞いて納得。結局二人を住み込みで雇ったのです。
勝さんも60歳を超え、一人で民宿を維持することに限界を感じていました。そして、若い二人の真摯な態度に心を動かされたのです。

竹富で頑張った二人

夏から秋にかけては、一年でも宿泊客が多い時期です。

大浜荘は、竹富の民宿の中でも一番大きいひとつです。母屋のほかに鉄筋コンクリートの二階建ての別棟が二棟あり、部屋数も多いです。バストイレつきの民宿も、竹富では唯一だそうです。
その代わり、仕事は多いです。
部屋掃除、バストイレの掃除、石垣島に往復しての食材の調達、朝食夕食の準備、洗い物、洗濯、風呂掃除、客の送迎・・・・一日中やることだらけです。

それでも、二人は勝さんと一緒に一生懸命働きました。

そこに私が・・・

そして3ヵ月経った頃、千葉からキムチ屋の私がやって来て、一人で大浜荘に4泊したのです。

いい歳のオヤジが、一日中島を自転車で駆け回ったり、海で泳いだり釣りをしたりして大はしゃぎ。夜は民宿の軒先で他の宿泊客や宿の人達と泡盛を飲んで盛り上がります。

商売はキムチ屋。自分の店で全部作り、店とネットで全国に届けている。

千葉から竹富に送ったキムチも届き、ほかのお客やヒロ君たちに振る舞い、竹富名産の「モズク」もキムチに出来るよ、と嬉しそうに言います。
それを聞いて、若い二人にはひらめくものがありました。

そうだ、そうだ・・・と。

そして相談!

そうして4日後の私の最後の晩、ヒロ君とくみさんは、相談して来たのです。

ヒロ君は普段は無口。ほとんど自分からは喋りません。でも、一生懸命訴えます。

「やがちゃん。僕達に商売を教えてください。この宿の離れに、閉めたきりの商店のスペースがあるんです。そこで僕達、商売をしてみたいんです」

「スペースって、そこの雨戸が閉まったままの所? うん、場所的には悪くないけど、何を売るわけ? みやげ物とか?」

「あと、やがちゃんのとこのキムチとか」

「うーん。竹富まで宅急便で4日もかかるし、運賃も高いしなあ」

「だったら、名産のモズクのキムチ、できますよね? 作り方教えてください」

「ああ、いいけど・・。タレだけ送ってこっちで作るなら、できるかな」

「あと、何より、僕達自身の手作りのものも売りたいんです」

「手作りのもの? たとえば?」

「それは今、いろいろと考えているんです」

「ああ、いいと思うよ。でも、そのスペースも勝さんのものでしょ? 家賃とかどうなるの?」

「勝さんは、好きに使えっていうんです。売り上げも全部自分達のものにしていいからと」

「ほう! それはいいね、勝さんらしい! うん、わかった、協力するよ!」

と、こんなやり取りをしました。

いったんお別れ・・・

翌日、二人は私を港まで送ってくれて、「またいろいろと連絡します。よろしくお願いします!」と言ってくれました。ちょうどその日は、年に一度の種籾祭の朝です。港は石垣から渡ってくる人であふれていましたが、その中で私たちは手を振ってお別れをしました。
そして私は千葉に帰り、新店舗の準備に突入したわけです。

竹富の二人とはその後もLINEで頻繁にやり取りし、モズクキムチのレシピを教えたり、商品アイデアの提供をしたりしました。ネット通販の基本も伝えました。

再会!

そして、5ヶ月が経った、今年3月後半。

新店舗も落ち着いたので、私は家族を連れ、二度目の竹富へ。
前の晩に「明日行くからね」とLINEするまで、竹富の二人には伏せておきました。
翌朝、石垣港から船に乗り、竹富に上陸。港からまっすぐに「大浜荘」に向かったのです。

大浜荘のお店は、昨年12月に開店していました。

その中に入ると、くみさんが店番をしていました。
10月のときよりも、はるかに綺麗です。
私を見るなり

「あ! やがちゃんだ! わー!」
と叫んでくれました。

「くみさん、なんか、すごく綺麗になったじゃん。どうしたの?」

「だって、今日やがちゃんが来るって聞いたから、化粧したん。一張羅も着たん。どう? 似合うやろ?」

奥からヒロ君も出てきました。
前より色が浅黒く、笑顔です。無口だった10月とは、まるで別人のようです。

「やがちゃん、いらっしゃいませ。ご家族も! すっごくうれしいです!」

そこにご主人の勝さんも登場。

「おお、やがちゃん、いらっしゃい。おかげでね、この二人、すっかり元気になったよ」

「ほんまよ、やがちゃん。みんな、おかげさまです」「いやいや、俺は何もしていないじゃない。二人でがんばったからだよ」

「あのな、今な、ヒロ君が海で貝拾ってきて、貝細工のアクセサリー作ってるねん。結構売れますよ。そしてな、私はな、ほら、そのサーターアンダギーとか、食パン焼いて売ってるん。予約取ったりしてるんよ。みんなやがちゃんのおかげやねん」

「だから、俺は何もしていないって!」

「いや、そのきっかけは、やがちゃんだよ」と勝さん。頷く二人。

何か、恥ずかしいというか、照れくさいというか。
私はただ、一人旅で好き放題のことをし、気楽にしゃべっていただけでしたから。

 

 

几帳面なヒロ君の作る貝細工は丁寧です。でもお値段はお安め。
くみさんのサーターアンダギーは、紅芋入りで美味しい。パンもなかなかのものです。

船乗りでもある勝さんは天然モズクを捕って来ます。

竹富モズクキムチ、ネットで売っています。こちらです!

竹富は、石垣港から船で15分。水牛観光で有名ですが、さんご礁に囲まれた人口300人の小さな小さな綺麗な島です。

島唯一の郵便局の隣が大浜荘。沖縄に行かれたら、ぜひ、寄ってあげてください。
やがちゃんキムチのブログで知ったと仰れば、きっと喜んでくれます。

竹富島で起きたこと(その1)

私が竹富を初めて訪れたのが、昨年の10月の下旬でした。

旧店舗から新店舗への移転の狭間で時間が出来たので、思い切って5日間の一人旅を実行しました。初めてのことです。

成田から4時間で直行で石垣島へ。竹富へは、石垣島からフェリーで15分。30分に1本出ています。
離島観光の拠点石垣島からは、竹富以外にも、小浜島、西表島、黒島などにも気軽に行くことが出来ます。

周囲20キロの竹富島の人口はわずか300人あまり。
主要産業は観光です。
大型ホテルが数軒。
そして、民宿が13軒だけ。
私が泊まったのは、そのうちの一軒、「大浜荘」です。ご主人は、大浜勝さん。私と同じ歳の63歳。

5日間の私の旅の目的は、

「のんびりすること」

です。

創業以来、5日はおろか、2連休を取ることも殆どなかった数十年でしたが、久々の新店舗出店を控えて、英気を養うために作った時間でした。

特に何をしようという旅ではありませんでした。
ただ、そこで「時を過ごす」。それだけが目的でした。

竹富の集落には、サンゴ礁を積み上げた家壁が続いています。ただ積んであるだけですが、台風の風でも飛ばされずに家を守ってくれるそうです。
ハイビスカスはブーゲンビリアの花は、一年中咲いています。

宿で自転車を借りて、海まで行って、ただ時間を過ごします。

透き通る海。遠浅の海なので、サンゴが海藻が綺麗です。小魚も見えます。

島の西には古い桟橋があり、ちょっとした観光スポットになっています。

向かいの小浜島や西表島まで農作業に出かけるための船が出る場所だったそうです。

夕日が沈むときには、幻想的な光景が見られます。

 

泊まった大浜荘は、竹富の民宿がみなそうであるように、古い作りです。

部屋に入ると迎えてくれたのは、大クモでした。

このクモは、人には害を与えないそうで、ゴキブリなどの害虫を食べてくれるそうなので、5日間一緒に暮らしました。姿が見えないと、寂しくなったほどです。

島には石垣牛がたくさん飼われています。

水牛車観光が有名ですが、この水牛たちも、集落のはずれに放牧されていました。

ちょうど年に一度の収穫祭の準備の時期で、夜になると公民館で練習が行われていました。

そういうところで、本当にのんびりと5日間を過ごしたわけですが、泊まった大浜荘には、ご主人の勝さんのほかに、お手伝いの若い男女がいました。

神戸から移住してきた、30代中盤のお二人です。

毎晩夕食後、同宿のお客さんやこの二人と、宿の軒先で焼酎を飲みながら語り合いました。実はこの時間が、竹富で一番楽しい時間だったのですが、この若い二人が、私の竹富最後の晩に、「やがちゃん、聞いてほしいことがあるんや」と言ってきたのです。

真面目な顔でした。

何事かと思いました。

最後の夜です。

それは、こういった話でした。

続きは、次のブログに書きますね。

(続く)

さしすせそを汚すな

さしすせそ、ご存知ですよね? 料理用語です。

さ・・・砂糖
し・・・塩
す・・・酢
せ・・・醤油(昔の仮名使いの「せうゆ」から)
そ・・・味噌(ソースではありません)

この5つの基本調味料は、さしすせそ の順番で使うことが基本です。

まず、甘み。そして塩。これを間違えると、塩味が先に立ってしまい、うまくいきません。漬物でもそうです。砂糖を使う場合は、塩より前に振ります。

酢も後から入れて、味を確認しながら量を調整します。
醤油や味噌は最後ですね。早く入れると、材料が硬くなったりします。

それはそうと、この「さしすせそ」、汚されてるんです。

汚されるというのに語弊があれば、「混ぜ込まれている」と書くべきでしょうか。

混ぜ込まれているのは、「化学調味料」「たんぱく加水分解物」「酵母エキス」などの「うまみアイテム」ですね。化学調味料はれっきとした食品添加物です。ほかの二つは添加物には分類されては居ませんが、強い旨みを呈する調味料ですね。

私、思うんです。

調味料といのは、料理の味付けをするものですよね。

たとえば、「きゅうりの酢の物」があったとします。

新鮮なきゅうりには、酢の味が良く合います。これに醤油が少し入ってもいいですよね。きゅうりの味が引き立ちますね。

この酢や醤油に、化学調味料等の混ぜものなんか不要ですよね。

もっといい例で、握り寿司。
お寿司のシャリに酢、砂糖、塩が使われているのは、寿司という食べ物を美味しくするためです。シャリに乗せられた魚の味とあいまって、また食べる直前にちょっとつける醤油の味、ワサビの味と一緒になって、ひとつの「寿司の世界」が展開されるわけですね。

それで、十分に美味しいのです。

寿司用の醤油や酢に化学調味料が入っていたらどうですか?
より美味しくなりますか?
なると感じられていたら、ご自分の味覚を疑ってください。

なぜなら・・・・

「さしすせそ」に代表される基本調味料は、それだけで強い旨みを含んでいます。
そして、食材本来の味を邪魔せずに、食材を「より美味しくする」力を持っています。

ここに、化学調味料や酵母エキス等の混ぜ物は要らないのです。

料理は。そういったものの「ニセの旨み」を感じるためのものではないからです。

料理は、食材の美味しさを最大限に表現するものです。

ですから基本調味料は、みずから前面に出ることなく、食材の自然の味を引き立てる役目を持っているのです。
調味料は料理の脇役でなくてはなりません。

化学調味料や酵母エキスは、それだけで料理の味わいを被ってしまうのです。せっかくの素材の味が、隠れてしまいます。

「アジ○○」という名の、化学調味料入りの塩。
新味醤油というような名の、アミノ酸調味料(化学調味料)入りの醤油。
「~~ぽん」とかいう名をつけられたアミノ酸調味料入りの酢。
「だし入り」と銘打って、じつは化学調味料入りの味噌。
さらには、「出汁パック」と書かれて、料理にこだわる人に人気の商品に入れられた、酵母エキス。

等々。

みな、素材を汚すものばかりです。

立派な会社の作る立派な商品ばかりですが、やがちゃんキムチでは絶対に使いません。

不要ですから。

 

出汁の力

だしは「旨み」の真髄

日本には独特の「だし」(出汁)の文化があります。

それぞれ各地の山海の産物から、「旨み」を抽出するものが出汁ですね。

代表的なものは、かつおぶし、昆布、魚の煮干し、菌茸類、アサリやホタテなどの貝類、野菜類などですね。
それぞれが独特の旨みを持ち、そこから取り出した成分が料理の「下味」を支える役目を担います。
これこそが、「旨み」の真髄ですね。

味の7要素と、その構造

私見ですが、「味」には、「甘い」「酸っぱい」「辛い」「苦い」の要素とともに、「旨い」という感覚と、「しょっぱい」という感覚があります。「旨味」は、「塩味」とともに、味全体の構造を支えます。この二つがない味わいは、土台のない味となり、いわば「腑抜け」の味となります。(繰り返しますが、私見です)

ですが、この「旨み」を出す最大の武器の「出汁」は、なかなか利用されません。

それは、材料が高い、手間がかかる、保存が利かない、という「三重苦」を背負っているからです。

そこで登場するのが、「化学調味料」なのですね。

化学調味料を使う理由は簡単

安い、入れるだけの手軽さ、そして半永久的に保存できるという「有難さ」があるからです。

これは私が実験的に試したことですが、グルタミン酸を多く含む昆布を長時間煮出して、煮詰めて煮詰めて180ccの昆布出汁を作り、化学調味料の「味の素」(科学的にサトウキビのエキスからグルタミン酸を抽出した商品名です)10gを水180ccに溶かしたものと味比べをした場合・・・いったい昆布を何グラム必要としたか・・・

「味比べ」なので感覚値ですが、なんと、1キロ以上の昆布が必要でした。

かたや市販の味の素、10g、約5~10円程度。かたや昆布1キロ、数千円。
重さにして100倍、値段にして千倍!

しかも、昆布を1キロ煮詰めるその手間たるや、半端なものではありません。
加工食品は、塩分とともに、旨みを出す「アミノ酸化学調味料」を非常に多く使いますがその背景には、こうしたことがあるのです。「美味しい」「味がある」という感覚を出すために、化学調味料を入れる。非常に安易で、非常に効果的で、経済的。

市販のキムチに平均的に入れられる化学調味料の配合費は、2~数パーセント以上と思われます。これを昆布出汁で賄おうとすれば、計算上、キムチよりはるかに多量の昆布が必要となってしまいます。

やがちゃんキムチは無添加です。化学調味料、もちろんゼロです。しかも、無添加でありながら、豊かな旨みを目指しています。何故か?

問題は、「志」

その理由は、ひとことで書けば、「志」なのです。

なんとしても、美味しいものを作りたい。無添加で作りたい。そこが私の出発点です。それを実現させるのが当店の進み方であり、添加物を入れることは、当店の価値を無くすことにつながります。

その志で、日本の「出汁」の利用を考えたのです。

日本に生まれ日本で育った日本人の調理人が、和の出汁を利用しない手はありません。

さまざまの素材で出汁を取り、キムチに応用してみました。

そして現在の『やがちゃん出汁』に行き着きました。

鶏肉豚肉スープの出汁と、昆布、イワシ、シイタケから取る和風出汁です。

この二つの出汁のミックスが、キムチのタレ(ヤンニョムジャン)の味の下支えをしてくれます。
やがちゃんのヤンニョムジャンは、無添加で優しい味なのに、しっかりとしていて、薄めても味が割れない。キムチの残り汁だけでも十分ご飯が食べられる・・・・というのは、この出汁の力の成せる技なのです。

仮にこの出汁と同じ成分の化学調味料を作り加えたとしても、同じ味はまったく出ません。なぜなら、生きた自然の食材に、高温抽出した合成素材は馴染まないからです。
キムチ独特の、発酵による味の変化も楽しめません。
上から強制的に味をかぶせる化学調味料添加は、本来の美味しさとは全く別の味にしてしまいます。

それを使うのは、職人の恥。こう言い切っていいと思っています。

出汁の詳細については、別の項でまた触れます。

 

 

 

 

 

 

キムチなんて嫌い、という方にこそ召し上がって頂きたい

あけましておめでとうございます。

本年も「やがちゃんキムチ」をどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、昨年11月にオープンいたしました、「やがちゃんキムチ南柏本店」は、おかげさまで盛況です。

JR常磐線(千代田線直通)南柏駅東口下車1分です。
地図はこちらです。

どうぞお越しください!

 

本年、やがちゃんキムチが一番お伝えしていきたいことです。

「キムチが嫌いという方こそ、召し上がって頂きたい!」

理由は以下のとおりです。

 

1)キムチ嫌いの理由は、市販のキムチの添加物の過剰使用が原因であることが多い

これは常々思っていることです。

キムチは、その色、味、素材から、無添加で「美味しく」することが非常に困難な食品です。

ほとんどすべてのメーカさんは、それを、化学調味料等の食品添加物を多量に使用することで補っています。少ないところでも、総量の2~数パーセントの添加物を使うことが常識になっています。

合成添加物は、少し食べると「美味しく」感じさせるものですが、体が自然と「拒否反応」することも多いのです。

キムチが嫌いという原因の多くは、ここにあると思われます。

 

2)キムチといえば「白菜キムチだけ」という状態の業界に、創意工夫の努力が感じられない。

やがちゃんキムチでも、一番売れるのは「白菜キムチ」には違いないですが、それでも全体の3割程度です。残りの7割は、野菜系、海鮮系、肉系などの、「創作」メニュー群です。

やがちゃんキムチをお買い上げになるお客様の平均お買い上げ品目数は、6~7品に上ります。多い方は、20品目以上お買い上げになります。
皆さん、味のバラエティをお楽しみいただいているのです。

やがちゃんキムチは、「キムチ屋」ではなく、「やがちゃんの創作グルメワールド」なのです。

 

キムチ、唐揚げ(キム唐・塩唐)、サムゲタン・タトリタン等の鳥丸煮、カニのケジャン、ホタテ・牡蠣・タコ・エビ等の海鮮キムチ、野菜系キムチ10数種、もずく、アボカド等の新作キムチ、お弁当、焼きそば 等々・・・・

キムチはだめだけど、やがちゃんキムチなら大好きです、というお客様が、本当に多いのです。

すべてが、「無添加」です。

どうぞ、今まで味わったことの無い味の世界にお越しください。

ご注文が多くお待たせすることもありますが、全力でお作りし、お届けします。

新店舗が開店しました

やがちゃんキムチの新店舗が開店しました

新たな店舗の詳細は以下のとおりです。

開店日 11月20日(火)

やがちゃんキムチ南柏駅前本店

営業品目

キムチ  唐揚げ  お弁当  サムゲタン等 店頭売りと通販(従来と同じです)

住所 千葉県柏市豊四季508-16 1F
JR常磐線 南柏駅 東口下車徒歩1分

 営業 10時30分~20時
 定休日 日曜日

駐車場 あり(店に隣接する No.1 の1台分です)

 電話 0471-71-5701 (以前と同じ)
FAX 0433-32-8861
メール yagachan@gmail.com

今までの「光ヶ丘団地店」では、12年間お世話になりました。
今般、南柏駅前に、拡大移転をすることになりました。

何とぞご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

マヨラー的発想では味は出来ない

マヨラー

マヨラーという言葉があります。

何にでも、マヨネーズをかける方々。
サラダはもちろん、和食にも中華にも。白いご飯にかけるのも当たり前。
それがマヨラーにはたまらなく美味しいそうです。

味の好みはもちろん自由ですが、そこを少々考えてみました・・。

世の中は「レシピ自慢」が花盛り

料理専用サイトなどで、ご自分で作ったおいしい料理レシピが無数に公開されていますね。これは私などもよく利用させてもらっていて、とても参考になります。

そんな中でよく気になることがあります。

まず、化学調味料(うまみ調味料と書かれることが多いですね)がレシピに入っているとがっかりしますね。

それから、関係のない異質な食材が「味の決め手」として使われることにも、違和感を覚えます。

たとえば、よく出てくる「昆布茶」。

ある料理上手タレントさんの得意技ですが、実はこの昆布茶にも、塩、砂糖、昆布だけでなく、化学調味料がたっぷり入っているんですね。

マヨネーズも、そうなのです。
普通のマヨネーズには、化学調味料が多量に使われています。

「あれとあれを合わせれば意外とうまい!」という例は多く、それは楽しくもあり、私も否定するわけではありません。

それでもよくよく見ると、結局は化学調味料か・・・という「結末」になってしまう場合も多いので、気をつけていただきたいです。

化学調味料を少しでも使えば、その味はそのメニューのすべてを覆ってしまう。
それは、必ずそうなります。
素材が何であれ、その素材の味を生かすことはありません。
素材の味を消し、化学調味料自体の味が最前面に出てくる。
これが、添加物である化学調味料の作用であり、特徴なのです。

新素材も・・・

ついでですが、「新素材」にも要注意です。

でんぷんや米などから新たな食素材がどんどん開発されています。

そういうものに飛びついて、「ああいうのもできる」「こういうのもできる」と、色々な「新商品」が山ほど出てきます。

もちろんそういうことを全否定するわけではありません。

それでも、「これとこれを合わせただけ」「あれにこれを入れただけ」というような安易な発想では、本当に有益な味や食べ物は作れないと思います。

食の基本はやはり、「自然食材から作る」です。

自然の食材が、自然の美味しさを自ら生んで行く

素材と素材が絡まって、相乗効果で新たな美味しさを作り出す。

自然のもの同士が絡まると、自然の新たな美味しさが、自然に出現する。そういうものです。

強引に、科学的なものを「振り掛ける」とか、「ある味で覆い尽くす」というような味の作り方は、褒められたものではありません。

マヨラー的発想の食の摂り方から、自然の工夫を楽しむ食べ方へ。

ぜひ変えていきたいですね。

 

 

 

 

 

お買い物が便利になりました!

やがちゃんキムチの本店サイトのお買い物システムが一新しました。

今まで、「注文のたびに顧客情報を入力しなければならないので、大変!」というお声を数多く頂戴してきました。

使っていたシステムが古いもので、お店サイドではシンプルで扱いやすいものだったのですが、お客様には長い間ご不便をおかけしてきました。

9月から、新しいものに変えました。

 

1)マイページ機能がつきました!

●まず、アマゾンにアカウントを持つ方なら、それだけで簡単に「会員登録」が出来ます。
アマゾンにアカウントを持たなくとも、最初の1回だけのお手間で、会員登録出来ます。

いったん登録されると、その後は「ログイン」するだけで、ご注文情報を入力する必要がなくなります。

 

2)決済機能が豊富になりました!

●アマゾン支払いが出来ます。アマゾンの会員さんなら、そのアカウントで簡単に決済!

●その他、従来のクレジットカード、代引き、銀行振り込みのほか、コンビニ払い、楽天銀行決済なども導入しました。

 

★旧システムの残ポイントは、新システムに移行できます。まずは、新システムで会員登録をお願いします! やがちゃんキムチサイトはこちら   ご登録はこちら!

味作りには哲学が必要である

あなたのお口は肥えていますか?

「私は味にうるさいのよ」

「ひと口食べれば、その料理のレベルがわかるさ」

と、食通を自認する方は多いです。それはすばらしいことで、それぞれにご自分の味覚である「基準」をお持ちであることの証明なのです。

料理は、素材を加工して味付けし提供するものです。

味を決める技術的な3つのポイント

ですから、料理の技術的なポイントがあるとすれば、次の3つでしょう。

1)●素材が良質でなければなりません
2)●加工技術(切る、焼く、煮る等)が優れていないとなりません
3)●味付けが上手でなければなりません

どれかひとつが欠けていても、美味しい料理は出来ません。
すべてが調和したとき、「ああ、美味しい!」ということになるのです。

ですから、お口が肥えた方というのは、

●素材の良し悪しが分かる
●加工技術の良し悪しが分かる
●味付けの良し悪しが分かる

方であるわけです。普通はなかなか、この全てをクリアーできる方は少ないですね。

一般的には、日常的にこういう作業をしている人たちが、それに当たりますね。つまり、プロの料理人の方々は、日々こういうお仕事をしているわけですから、自然と素材を見る目は肥え、技術は磨かれ、たくさん味見をして、お口も肥えるのです。これは当然のことですよね。

ただ、それでも・・・・

なかなか、「本当の味の価値」を測ることは難しいものです。
私自身も、キムチやラーメンや唐揚げなどの、自分の専門分野については理解できますが、専門外の味の判断はなかなかしずらいものです。

ただ、こうした「技術的な側面」とは別に、料理人の「哲学的な側面」が、さらに重要になるのです。

料理には、哲学が必要である

料理人は、その料理を作ってお客様に召し上がって頂いて、 何をお客様に伝えたいのか・・。何をお客様から得たいのか。そこが問題となります。

単純に、売り上げが欲しい、利益が欲しい、お金が欲しいだけなのか。
あるいは単純に、空腹を満たしてあげたいだけなのか。

私は、「食は哲学である」「食は芸術である」と、よく考えます。

食べることは、ただの生きるための栄養摂取行為では無いのです。

食べるもので人は成り立つわけですが、体の一部になるということは、物質的な意味だけではなく、精神的な意味も大いに含みます。物心両面での「価値」を提供する行為が、料理なのです。
言葉を換えれば、食に対する考え方、自然に対する考え方、健康に対する考え方、あるいはさらに、人生に対する考え方、社会に対する考え方等をメニューに詰め込む行為が、料理です。

つまりは、あらゆる意味での「人間としての考え方」を表現する行為が料理であると言っても、過言ではないのです。
「哲学」を持たない料理は、決して一流のものではない、と言えるのです。

経済性、利便性のみを考えたものは、一流の料理とは呼べません。

化学調味料などの添加物を私が遠ざけるのは、こういう理由からなのです。

味を追求すれば、必ず無添加に行き着く

食品添加物を使う行為は、多くの場合、「食」を「お金」を稼ぐための行為として捉える姿勢から来る物です。
お金を稼ぐことは決して悪いことではありません。
ただ、それが第一の目的になったり、唯一の目的になったりしてはいけないのです。

なぜなら、添加物を使わないでも美味のものはできるからです。
いや、それだけではありません。

本当の美味を追求すれば、食は必ず「無添加」に行き着くのです。

やがちゃんキムチは、その姿勢で、製品つくりを日々しております。

 

 

 

血圧は化学調味料で上がる

ナトリウムこそ血圧を上げる

高血圧は、健康の大敵ですね。

そして、「食塩の摂り過ぎ」が、高血圧の原因となるということも、周知の事実です。

ですが、食塩と同等に、「化学調味料」が高血圧の原因となることは、あまり語られていません。これは不思議なことだと思ってます。

化学調味料の主成分は、主につぎの3つです。

●グルタミン酸ナトリウム

●イノシン酸ナトリウム

●グアニル酸ナトリウム

すべて、「ナトリウム」ですね。

食塩は、化学的にいうと、「塩化ナトリウム」ですね。

血圧に影響を及ぼすのは、この「ナトリウム」です。ナトリウムの摂り過ぎこそが、高血圧の大きな原因となるのです。

 

キムチの場合はどうなるか

白菜キムチの仕込みの場合、普通、白菜総量の3~5%前後の塩で塩漬けをしますが、その後水洗いをしますので、残存塩分は、2%前後となります。

海の水の塩分が3%程度ですから、キムチの白菜漬けの塩分は、海水より低いわけです。

100gの白菜キムチの塩分は、2gにしか過ぎないこととなりますね。

ところが、化学調味料がどれだけ一般的に使われてるかというと・・・・これがまた、驚くべき数字です。

やがちゃんキムチは無添加ですから、もちろん、ゼロです。

生協等でも扱う「低添加」化学調味料入りのキムチは、2~3%。

スーパーに並ぶ低価格のキムチにいたっては、その数倍のものも、珍しくありません。それくらい入れないと味が感じられないほどに、素材を削っているからだと思われます。

また、化学調味料以外の添加物(保存料や着色料等)にも、ナトリウムであるものが多いので、ナトリウム総量は、相当のものとなります。

つまり、無添加のやがちゃんキムチのナトリウムは塩分だけなので、キムチ100g中で、2g前後。
添加物入りのキムチは、塩分と化学調味料とその他の添加物を入れて、なんと、4~10g以上となるわけです。

 

化学調味料は無害とは言いがたい

化学調味料は「無害」だという説が、よく言われます。

しかし、少なくともこの「血圧」の側面で見る限り、それは説得力が無いと思います。

そして、加工食品のほとんどに、「調味料(アミノ酸)」と表示される化学調味料が含まれている現状こそ、もっと問題にされてしかるべきだと、私は思います。

無添加でも、美味しいものは出来ます

無添加でも、素材を選び、技術を駆使すれば、美味しいものは出来ます。

というより、こう言い換えた方が適切でしょう。

◎本当に美味しいものを作ろうとすれば、無添加に行き着く

やがちゃんキムチが、そのひとつの例です。

しかしそれは、商品の製造販売という世界での「利益」を考えると、困難になることも事実です。

必要なのは、「食とは何か」「なぜ人は食べるのか」という、根本的な問題をよく考えることだと思います。

過剰な利益追求、過剰な宣伝、過剰な添加物利用。
それはなかなか、止みません。

こういうことを踏まえた上で、高血圧、気をつけましょうね。

 

 

「キムチ 和の味」登場・・・見えないところに味がある

キムチ 和の味

震災と頂の創作から7年

やがちゃんキムチの看板商品、「白菜キムチ 頂」を作ったのは、あの震災直前の2011年2月でした。

白菜を丸ごと漬けないで、カットしてから特製の風味をつけた極上塩で漬ける、という逆転の発想。
バランスの取れた無添加のマイルドヤンニョムジャンで味付けし、「別物キムチ」という名前で売り出したのでした。

当初からご好評をいただいていたところに、地震。しばらくはキムチも作れませんでした。

それでも、再開後はこの「頂」だけはよく売れてくれて、各地からの引き合いも頂き、やがちゃんキムチの代表商品となってきたのです。

震災で半分無くなった「タレ」

あれから7年。

キムチ屋の命ともいえる「ヤンニョムジャン」に、まったくの新作ができました。

まったくの新作といっても、すぐ出来上がったわけではありません。

20年以上に渡って「継ぎ足し」で作り続けている、にんにくの醤油漬け。この上澄みの醤油だれをベースとして使用します。

このにんにく醤油だれは、実は、あの震災で冷蔵内で容器がいくつも倒れ、半分以上が流出してしまったものです。当店のある柏市にも、震度6弱の揺れがあったのです。

それでも半分は残り、従前からの「継ぎ足し」の歴史は途絶えないで来ました。

まさに、「見えないところに味がある」という当店のコンセプトの象徴のようなタレです。

その見えない歴史のタレで出来た、和の味

そこに、伝統のヤンニョムジャンを加え、レモンとりんごの果汁をたっぷり加えて、みりんや清酒といった日本伝統の発酵調味料も使います。

このタレで、特製塩で漬けあがった白菜を味付けすると・・・

口当たりが、かつてないほどマイルドです。

それでいて、軽いというのではありません。

奥深く、コクのある味わい。

そして、特筆すべきは、食後感の良さです。まるで果物を食べた後のような、爽快感が広がります。

食べはじめから食べ終わりまで、自然と体になじむ爽やかさ。「和の味」と呼ぶ理由は、ここにあります。

7年かかり、辿りつたこの味わいです。いや、震災前の長い歴史も継ぎ足しで受け継いだ、「見えない歴史」も背負ったタレの味わいなのです。

従来の「頂」は、もちろん今後も作り続けます。

そこに並んで、今回発売した「和の味」です。

お試しください。

「キムチ 和の味」誕生です。

 

魚は頭から腐る

30年近く前の韓国で

キムチ業を始めて間もない1990年代のころ、私は何度も韓国に渡り、唐辛子やチャンジャの原料を探して歩きました。
当時は今のように、韓国食材が日本で十分に流通していなかったから、本場韓国で探す必要があったのです。

韓国語がわからない私は、いつも現地のガイドさんを頼み、車も運転してもらっていました。

ある時、市場回りでソウルの裏町を走っていたとき、急に白バイが私たちの乗った車の前に割り込み、停止させたのです。

運転していたガイドさんが車の運転席の窓を開けると、白バイのお巡りさんが覗き込んで何事か言いました。

するとガイドさん、猛烈な勢いで言い返し、大声を上げ、怒鳴ったのです。

しばらく言い合った後、お巡りさん、そのまま諦めたように白バイに乗って走って行ってしまいました。

呆気に取られて見ていた私が「何があったんですか?」とガイドさんに聞くと、驚く内容の返事がありました。

「スピード違反だから金を払え、というんですよ。正式な罰金じゃありませんよ。警官が自分で懐に入れてしまう金なんです。最近それが社会問題になってますから、私、言い返してやったんです。罰金なら払うが、切符をちゃんと切って、あんたの名前も書け、と。自分は直接あんたに金は一切払わない。切符をもらったら、それを警察に持っていって、あんたに賄賂を要求されたと騒いでやるから。それでもいいのか、とね」

ソウルオリンピックも終わってかなり経っており、すさまじい経済発展をしている「アジアの先進国」の韓国で、まだそんなことが起きているのかと、私は驚きました。

きちんとした先進的法治国家である日本では考えられないことだな、と思ったのです。

今から、30年近くも前のことです。

先進国家日本では・・・・今・・・

その、「先進的法治国家・日本」という言葉は、確かにそのころの日本には当てはまったと思います。

ところが、30年経った今。わが日本。どうでしょうか?

まさか、と思うような政治や行政の腐敗らしきニュースが、最近後を絶ちませんね。

しかも、政治や行政の最高位の方が関わっているのでは、とされるニュースが多いのです。

魚が腐るのは頭から

魚は頭から腐る、と言います。

しかしながら、まだまだ、実際の我々の日常はいたって正常であるとは思います。
腐った魚は、まだ普段は見ていない気がします。

どうか、今後もそうでありますように。

本当に魚が腐った国では、無添加キムチも、キムチ作りの哲学も、何の役にも立たないとされてしまうことになるのでしょうから。

 

ふるさと納税返礼品、スタートしました

やがちゃんキムチが、地元の柏市の「ふるさと納税」の返礼品に指定されました

 

ふるさと納税というのは、

●住んでいる自治体以外の自治体に一定金額を「寄附」することにより、実質2000円の負担をするだけで、住民税が控除され、寄附先の自治体から「返礼品」がもらえる、という仕組みです。人気の制度ですね。

しかも、返礼品を選べます。各地の特産品が用意されていますが、千葉県柏市の返礼品に、

 やがちゃんキムチの商品も仲間入りいたしました!

いまのところ、5品です。こちらです。

「無添加やがちゃんキムチ」白菜キムチ「頂」とチャンジャセット 1万円の寄附でもらえます↓

 

「無添加やがちゃんキムチ」本タラバ蟹ケジャン800g 3万円の寄附でもらえます

 

「無添加自家製サムゲタン 1.9キロ」2個セット 25000円の寄附でもらえます ↓

 

「無添加やがちゃんキムチ」本タラバ蟹ケジャンと白菜キムチ「頂」セット 2万円の寄附でもらえます 

 

「無添加やがちゃんキムチ」ホールタトリタン(丸鶏のキムチ煮)とサムゲタンの紅白セット 2万円の寄附でもらえます 

 

今後は商品数を増やし、からあげグランプリ最高金賞を目指す「キム唐」なども導入してまいります。

どうぞ、その納税を、柏市に!

そして、無添加やがちゃんキムチをもらってください!

無添加で美味を作る最終段階・・発酵の力

発酵の力はものすごい

さて、このテーマの最終項です。

発酵とは・・・単純にいえば、微生物の力で起きる変化のこと・・・でしょう。専門家で無いので、こんな表現しかできませんが。

その発酵の結果、食べ物の味も変わります。そして人間にとって、それが強い「美味」として感じられることが多いのです。無添加で美味しいものを作ろうとするときに、これを利用しない手はありません。

発酵調味料を多用する

気候的なものでしょうか、日本には特有の菌や微生物が多く存在するとされ、「発酵大国」といっていいくらい、種々多様の発酵食品、発酵で出来た調味料があります。

醤油、味噌、酢、みりん、清酒、焼酎、麴・・・・どれをとっても、優秀な「味」です。

そして、発酵調味料の味は、「強い旨み」を伴います。
もちろんこれは、自然の発酵作用の生む天の恵みです。これをどんどん利用すればいいのです。

化学調味料など、不要なのです。

「残念な調味料」に要注意

ここで注意点が一点。

せっかくこうした優秀な発酵調味料であるのに、わざわざ化学調味料を添加して販売している「残念な調味料」も多数あります。

アミノ酸入りの醤油、だし入りと表示されているアミノ酸入りの味噌、「味酢」的な品名のアミノ酸入りの酢加工品、合成清酒、麴加工品等等・・・・。

まさに本末転倒のこうした「残念な調味料」は、いくら安くとも、いくら便利でも、使ってはいけません。

こうした時には、これをこう使おう

清酒・・・「柔らかな旨みを出そう」を出そうという時(加熱してアルコールは飛ばす)

みりん・・・「コクのある甘みを出そう」という時(加熱してアルコールは飛ばす)

味噌・・・「強い旨み」を出すのに最適

醤油・・・「味に奥行きを与える」時に最適

・・・「甘酒」にして、コクの深い甘みを出す時。また、上級者向けとして、自分で麴を培養し、独特の旨みを出す方法もあります。

乙類焼酎・・・「香り・雑味を与えたい」時(加熱してアルコールは飛ばす)

さて、キムチの場合

やがちゃんキムチの商品は、「キムチ」です。

キムチは、それ自体が生きた発酵食品です。菌が生きています。当然、旨みも生きています。いわゆる、「生」の状態なのです。

塩だけで漬け込む「浅漬け」の場合と大きく違うのは、アミや他の魚介類に含まれる天然の菌が作用して、強力な乳酸発酵が行われる点です。このような食品は、世界に他に例がありません。

そのため、やがちゃんキムチでは、アミだけでなく、牡蠣、ホタテ、あさりなど、天然の魚介類を大量に使用してヤンニョムジャン(キムチのタレ)を作ります。
それがあの、えもいわれぬ美味につながっていくのです。

ですから、無添加で十分過ぎるほどの美味しさが出るのです。

添加物を入れて嘘の旨みを出すことなど、考えられないことです。

 

 

無添加で美味を作る第3段階、「旨み素材の使い方」

前号の続きです。

味の仕組みを理解したら、最後に来る「旨み」を、無添加で最大化する努力をしなければなりません。

「旨み」を出す物質の代表的なもの

1)アミノ酸の中では、「グルタミン酸」がそれです。もっともポピュラーなのが、「昆布」の旨みですね。

2)核酸の中では、「イノシン酸」「グアニル酸」が代表的です。イノシン酸は、魚介の旨みで、かつお節や煮干などに多く含まれます。グアニル酸は、干しシイタケに多く含まれます。

 

 

3)このほか、あさりなどの貝類に含まれる「コハク酸」も、強い旨みをもっています。

 旨み素材は大量に使います

では、その旨み素材は、どれくらい使えばいいのでしょうか?

答は・・・・「大量」にです。量を使わなければ、望む強さの旨みが出ません。これはひとつの真実です。常識的に考えられる量の、数倍を使うと思ってください。

つまり、「ケチってはいけない」のです。

旨さは複合効果で倍化します

1)味というものは、傾向の違うものを合わせると、強くなる、という現象を示します。

たとえば、味噌は赤味噌と白味噌を合わせた「合わせ味噌」が、一番旨みを強く感じます。コーヒーに砂糖を入れると、苦味と甘みが作用して、おいしく感じますね。
カレーにビールを入れたり、コーヒーを混ぜたりすると、より美味しくなるのも事実です。

旨みも一緒です。

グルタミン酸とイノシン酸を、それぞれ個別の料理に使うより、同時に使うと、新たな強い旨みが生まれます。これを、「旨みの相乗効果」と呼びます。

これにグアニル酸とコハク酸などを加えれば、さらに複雑で深い旨みが、強く現れます。

そうなのです。

何をどういう量で、どういう組み合わせで使うかは、どういう味わいを出したいかで、決めていけばいいのです。

やがちゃんキムチの場合、「昆布」「しいたけ」「いわし煮干」の3つから、出汁(だし)を取っています。

素材は大量に使います。その量たるや、半端ではありません。

ケチってはいけない。

複合効果を狙い、組み合わせで使う。

これが、旨み素材の使い方の極意です。

無添加で美味を作る最初の2段階

無添加で美味しいものを作るためには、順序があります。

まず第一に、「無添加にする理由をはっきりさせる事」です。

これについては、非常に多くの議論があると思いますので、詳細はここでは割愛しますが、やがちゃんキムチの場合の「理由」だけを書いておきますね。

それは、

美味しいものを作ろうとすると、結局は無添加に行き着く

と言う事なのです。

つまり、「食べ物は絶対無添加でなければいけない」というところから出発していません。「本当に美味しいものを作ろう」という地点から出発しています。そうすると、終着点は「無添加」になるものなのです。

 

第二に、「味の仕組みを考える」ことが必要だと思います。

これが無いと、どこをどうすれば味がどうなる、と言う事がわかりません。

やがちゃんキムチの場合は、以下の図を用いて、味の設計図を組み立てます。

これは、科学的な図などでは決してありません。あくまで、私的に考えているものです。

ものをたべると最初に感じる味は、図の通り、「甘み」だと思います。

その次が「酸味」

次が「辛味」(辛さを感じるのは舌の別部位だからこれは間違っている、と言われる方もいますが、繰り返しますが、あくまで私の主観的判断です)

その次が「苦味」

最後に「旨味」です。

この旨味が「美味しさ」の根源になるのですが、必ず最後に来ます。感覚的には、物をかんで飲み下して、3秒から5秒後くらいでしょうか。「あ、美味しい」と感じるあの感覚。あれが「旨味」だと、私は理解しています。

ですから、口に入れた瞬間に「旨い!」と思ってしまうような味は、実は天然の旨味ではなく、「化学調味料」で人工的に加えた旨味である、ということに気づかなければいけません。

旨味は、あとから来るのです。

図にはその下に「塩味」が書いてありますが、これは、「あらゆる味の下支え」をする味、と言う意味です。
塩味が無いと、旨味や他の味わいもなくなります。

いわば、味の源、電源のようなものが「塩味」だと考えていいと思います。

以上が、「無添加で美味を作る」という作業の、最初の二段階です。

次の段階については、また次回以降書きますね。

最後に宣伝。

やがちゃんキムチは今、「春の大おまけセール」を開催中です。

楽しく美味しいですよ。ご利用ください!

 

私がよそでキムチ鍋を食べない理由

寒い冬です、キムチ鍋が人気だそうですね。

 

だそうですね・・・と他人事の様に書くのには理由があります。
私は、他所(よそ)では「キムチ鍋」なるものを食べないからです。
メニューにあっても、奨められても食べません。
何故かといえば、「キムチ鍋もどき」がほとんどだから、と思っているからです。

本来のキムチ鍋には、主に2種類あるのだと思います。

(1)文字とおり、キムチ(白菜キムチ)を鍋に入れて作るやり方。キムチの味が鍋にしみて、辛い、旨い味が出ますね。タレが鍋に染み出た白菜は、そのまま鍋の具材となります。一緒に入れる具材はお好みで。魚あり、練り物あり、肉あり、野菜あり。

(2)好きな具を入れるのは(1)と同じですが、白菜キムチは入れません。入れるのは、キムチのタレ(ヤンニョムジャン)です。タレの辛味、甘み、旨みがストレートに利用できて、濃厚な味わいになりますね。

どちらも本来おいしいのですが、それでも私が食べない理由は以下の理由からです。

◎市販のキムチやキムチのタレのほとんどは、その味を「添加物」で出している。

◎キムチだけならまだしも、せっかくのさまざまの具材にも、その添加物の味が行き渡り、「逃げどころがない」

という理由です。

ところが、

「添加物がいけないのか! 貴殿は添加物を入れるのはいけない、とばかり言うが、食品添加物は合法であり、安全性は保証されている。何故それほど添加物を悪視するのか?」

というご意見もたまに頂きます。

そう言われるのもごもっともなことで、確かに、食品添加物は、データ上は安全性を保証されています。

ですが、そういうことではないのです!

つまりは、

「添加物を入れなくても出来るものを、わざわざ入れるのは、コストを下げるために、自然の食材を入れるべきところを入れずに、その分を安価な添加物で補うからでありそれは、美味なるものを提供してお客様に喜んで頂くという目的からはほど遠いから・・・・

ということなのです。

やがちゃんキムチの全品は無添加です。

そして、当然、やがちゃんキムチの商品は、他社さんのものより、お値段が高めです。

自然の食材の値上がりが激しい昨今、ますますそうなりつつあります。

ですが、お値段の高い低いの問題ではなく、「本当に美味しいものを食べる幸せ」を味わえるか、添加物で偽装した味を味わうか」という側面で見てください。

お宅様のキムチ鍋、それでいいのですか?

お鍋は、家族やパートナー同士や仲間たちが、一緒につついて楽しく食べる、「喜びのメニュー」の最たるものでしょう。

ぜひ、「一番いい味」で、召し上がってください!

ぜひ!

やがちゃんキムチがお奨めするキムチ鍋用のタレは、「スーパーヤンニョムジャン」と「マイルドヤンニョムジャン」です!

 

 

年頭ご挨拶

 

あけましておめでとうございます。

2018年、平成30年ですね。

やがちゃんキムチ、今の柏の地に移って、満11年となりました。

キムチ製造業の創業以来、30年目です。紆余曲折もあり、移転も何度かありましたが、この地に根を下ろして、11年です。ここまでこの仕事をやり続けて来られたのは、偏に、お客様のおかげです。まことに有難い限りです。

ネット通販では特に、様々の業者さんが生まれては消え、また生まれては消え、を繰り返しています。

そんな中、「やがちゃんキムチ」(登録商標です)の名で30年近くも続けて来られたのは、お客様の、「無添加でおいしいキムチを!」というご要望に応え続けて来られたからこそだと思います。
グーグルの検索で、「キムチ」「無添加」という二つの言葉をお好きに組み合わせて、検索してみてください。
結果はすべて、「やがちゃんキムチ」になります。もう、10年以上も、それが変わったことがありません。

少人数の零細規模での経営ではありますが、商品品質だけには、間違いがございません。

うちのキムチの製造現場を、一度ご覧くださればわかります。

入った瞬間、「何か」が香ります。

にんにくやキムチの匂いだけではありません。無添加キムチだけが持つ、純粋な発酵菌が工場中に浮遊し、それが濃厚な「気」となって漂っているのがお分かりいただけると思います。

うちの工場には、添加物と呼ばれるものは、一粒も置いてありません。まったく必要がないから、置いていないのです。

当店に追随して、最近は他社さんも「無添加キムチ」をずいぶん出してこられています。

それらとぜひ、お比べいただきたいです。

単純に「無添加」を名乗るキムチと、2重、3重、4重以上の「美味しさの備え」をしているやがちゃんキムチとでは、無添加のレベルがまったく違うという事が、お分かりいただけると思います。

やがちゃんキムチは、敢えて無添加にしているわけではありません。

「売らんかな」で、無添加のキャッチフレーズが欲しいから無添加にしているわけでもありません。

本当に美味しいものを、いや、もっともっと美味しいものを、という希求心で作っているうちに、自然と無添加になるのです。

無添加の成り立ちの違いを、ぜひご実感ください。

年始は5日より製造発送を行います。

やがちゃんキムチは、単なる商品ではなく、「作品」である。

このポリシーをさらに深めて、進んで参ります。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

化学調味料(うまみ調味料)使用は職人の恥

先日あるテレビ番組を見て、絶句しました。

食欲が出ずに栄養摂取がままならないある一流アスリートの食事改善で、ご飯に化学調味料を入れて炊いて、解決に導いた、というものです。

本来、ご飯自体にも旨みは十分あります。おいしく炊く方法は、古来いくつも提唱されています。

それでだめなら、炊くときに天然の出汁を入れるなど、工夫次第でおいしく炊く方法はいくらでもあります。
あるいは、一緒に食べるおかずにでも、食欲を湧かさせる方法は無数にあります。

それを、化学的に合成された旨味調味料の粉末を入れるだけで、間単に済ませてしまう。

なんという安易で、またある意味、なんと危険な方法でしょうか。

これをいつまでも繰り返していたら、味覚の異常をきたし、刺激物を好むようになり、理想的な栄養摂取とはかけ離れた方向に進むことは目に見えています。塩分過多で高血圧症を招いたり、糖分を過剰に摂って糖尿病になる可能性が大きくなることも考えられます。

まさに、本末転倒です。

ところが、後でわかったことですが、この番組のスポンサーは、化学調味料のメーカーさんでした。

笑えない、「大人の事情」だったのですね。妙な意味で、納得しました。

食材には、どんなものでも、もともと「味」があります。

その味をさまざまに組み合わせて、「料理」として作る。それは人間だけが出来る高尚な作業です。

さらに、日本には独特の「出汁の文化」があり、おだやかな天然の味わいを、料理の味わいの基調として使います。昆布、かつおぶし、にぼし、しいたけなどが、その代表素材です。他にも、いくらでもあります。

また、日本には、独特の「発酵調味料」群があります。

良質の発酵菌が活躍できる風土を持つ日本は、良質の「発酵調味料」の宝庫の地なのです。

日本酒、みりん、酢、味噌、醤油・・・・これらは、無添加で強い旨みを醸し出す重要な仲間たちです。これらの発酵調味料の優秀さは、他国にぬきんでています。これを利用しないわけにはいきません。

さらに、海に囲まれた島国日本には、百千の海産物を気軽に手に入れられます。

「海のもの」には、旨みが詰まっています。魚にも、貝にも、海草にも。
これを利用しない料理をするなど、私には考えられません。

出汁、発酵調味料、海産物。

これらを利用すれば、化学調味料など、使う必要などこれっぽっちも無い筈です。

使うとしたら、それはその職人さんの「失格」を意味します。

恥なのです。

無添加は、料理人として当たり前の鉄則。

これを日本の料理人の共通ワードとしたいですね。

 

 

 

 

ため息の出るサムゲタン


サムゲタン(参鶏湯)は、若鶏を煮て、中に薬膳素材を詰め込んだ伝統の健康食です。

当店でも、長年専門業者に製造を外注して販売し、好評を博して参りました。

ですが今回、研究を繰り返して「自社製造」に踏み切り、非常に高品質のサムゲタンを開発しました。それはもう、思わず

  ため息の出る美味しさ

です。

商品特徴は、

1)安心の国産鶏を使用します。市場のサムゲタンは、ほとんどすべて、ブラジル等の外国産です。

2)鶏のサイズは、最低1キロ以上の大型サイズです。市場のほとんどは、700g前後の小サイズです。

3)やがちゃんの製造ですので、味付けはまったく無添加です。アミノ酸調味料や酸化防止剤等の添加物は一切使用しておりません。

4)無添加で旨みを出すために、さまざまの技術を駆使します。無添加製法は、やがちゃんの大得意分野。
たとえば、素材の味を損なう圧力釜は用いません。大型の普通鍋で、時間をかけてコトコト煮ます。また、酒や海鮮素材も多用し、奥行きのあるふくよかな旨みを実現します。

5)メインの味付けは、瀬戸内海産の高級塩の「藻塩」です。海の旨みがたっぷりです。

6)レトルトではなく、美味しさそのままの。作ってすぐの冷凍保存。賞味期間は、冷凍で半年。解凍後は3日以内にご消費ください。

大型1.5キロ以上、無添加 国産

ため息の出る美味しさです

こちらで販売しています。

アマゾン販売はこちらです。

送料値上げのお知らせ

 

お知らせです。

ニュース等で大きく報じられているとおり、宅配便の送料が大幅に上がります。

長年今の設定送料を維持してまいりましたが、このような状況に伴い、やむを得ずに当店の送料も上げさせて頂きます。(今まで送料の消費税部分は当店で負担してきましたが、それも修正させて頂きます)

10月10日より、以下のような送料体系とさせて頂きます。

(すべてクール便での送料です)

お買い上げ(税込み)5400円未満の場合  

   現行送料 800円 → 10月10日より 972円

お買い上げ(税込み)5400円以上 10800円未満の場合

   現行送料 400円 → 10月10日より 486円

お買い上げ(税込み)10800円以上の場合

   現行と変わらず10月10日以降も無料

 

どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

なお、10月9日までのご注文でも、12月末までの先日付配送のご予約も特別にお受けしますので、どうぞご利用くださいませ。

 

 

 

今必要なのは、ミサイルでもなく、スマホでもなく・・・

iphoneⅩが発売されましたね。先週発表され、今週には販売開始だそうです。

私がスマホを持ったのは。初代のiphone3からでした。
パソコンの代わりになる携帯電話は衝撃でしたね。これでずいぶん便利になると思ったものです。

その後、4、5、7と変えてきましたが、2年ほど前からはiphoneではなく、使用料の安いアンドロイドの機種に変えました。特に不便もなく、便利に使っています。

元々は、30年ほど前に、「自動車電話」や、ショルダーバッグ型の重く大きな携帯電話から使っています。

その後30年で、いったい何台の携帯を使ってきたでしょうか。

そして、30年の経験で今間違い無く言えることですが・・・・

◎携帯電話がどう変わろうと、パソコンがどう変わろうと、自分自身はそれによって少しも変わっていない。確かに便利ではあるが、それによって自分が成長したとはまったく思えない◎

ということです。

文科系出身の私ですが、20代のころに、ソードPIPSという巨大なコンピュータを仕事に導入し、給与計算や売り上げ分析に使った記憶があります、1980年前後のことです。

それも、単に「計算が便利になる」程度のことで、それで経営が上向いたなどということはありませんでした。

その他の電動機材も、すべて同じです。

ビデオがVHSからMD,CD,ブルーレイ、HDになっても、パソコンの容量が数万倍になっても、自家用車の燃費が数分の1になっても、wifiを日常的に利用するようになっても、確かに生活の様式は変わっては来ましたが、自分の本質は何一つ変わって来てはいない。どう考えても、そうなのです。

では、自分は何によって変わってきたのか。

それは、読んだ書物、お付き合いしてきた人々、経験してきた数々の失敗、などからだと思います。成功体験からは、あまり学ばなかったような気がします。

自分が自ら手垢をつけてきたこと、深く考えて来た事、失敗をして後悔や反省をして来たこと・・・そういう経験の積み重ねが、自分を変えて来ました。

逆に言えば、人は、便利になったこと、うまくいったことからは、ほとんど何も学べないのではないでしょうか。少なくとも、私自身の場合は、そうなのです。

今、スマホの新型が出ても、関心が沸かないのは、こういう理由からなのでは無いか。

そう思えた、秋の1日です。

今必要なのは、ミサイルでもなく、スマホでもなく・・・

ミサイルや核実験で揺れる国際社会。

先の大戦から、軍事技術も格段の進歩をしてきました。

1発で地球が破壊されるほどの爆弾も作られました。何万発も。

それこそが、技術の進歩と人間の英知がまったく逆の方向に進んでいる証拠でしょう。

世界が今なすべきことは、深く考えることです。「失敗」してしまっては、世界が無くなるのですから。

 

八月や六日九日十五日

八月や六日九日十五日

俳句です。日本人なら、意味は書かずともわかりますね。

毎年毎年、うだるような暑さの中の盆の時期、広島長崎の惨禍や、戦争の無意味さ、悲惨さがメディアで表現される時期です。

八月の3つの日にちを並べただけのこの俳句は、一瞬でその日本人の記憶と心に働きかけます。

私自身は、ラジオで永六輔さんがこの句の紹介をされたのを聞いて、すぐに記憶に刻みました。忘れようのない言葉の句だからです。記憶では、「八月や」ではなく、「八月は」だったと思うのですが、どちらでも同じですね。

実は作者が6人もいる

それで、この句の作者は誰か?・・・と調べましたら、なんと、複数いらっしゃるんですね。

ブログ等で「自分が書いたのに、先行で書いた人がいる」と書かれている方が、少なくともお二人います。記事をよく読むと、なんと、6名もの方が同じ句を書かれていることがわかります。真似をしたということではなく、まったく別の時期と場所で、偶然6つの同じ句が生まれたということなのです。

そして、まったく同じものが6つも生まれたこと自体が、実はこの俳句の価値を語っているように思えます。

戦争は起こしてはいけない。人は殺してはならない。傷つけてはならない。戦争は愚か者の行いである。・・・・・この真実に、日本人は、大戦で300万人もの命を失ってようやく、気がついたのです。

偶然の一致の、6つの同じ言葉の俳句が存在するということは、日本人なら誰しもそのことをわかっていることのひとつの証明であるのでしょう。私にはそう思えます。

権力は何のためにあるか

広島、長崎、終戦。

毎年その日に、記念式典が開かれ、為政者が演説します。ですが、ここ数年のそれは、空々しく聞こえてなりません。

国である以上、為政者は必要です。その為政者が「権力」を持つことも、もちろん必要です。

ですが、その権力をどのように使うかに関しては、厳格な規制と監視が必要です。
それが出来なかった最も不幸な結果の例が、「八月や六日九日十五日」の句に示される、日本の国を挙げての戦争だったのだと思います。

権力は、その国の人々の幸福の実現のためにだけ、使うべきものです。
それ以上でも、以下でもあってはなりません。

権力を私することは、絶対にあってはならない。

特定の思想や宗教のために使うこともあってはならない。

権力とは、弱い立場の人を救うために、使うべきものなのです。

平和だからこそ、美味しさが味わえる

八月や六日九日十五日

今一度この句を、為政者にも、人々にも、読んでいただきたいです。

やがちゃんキムチは、一介のキムチ屋です。政治や宗教には関わりません。

ですが、平和な世の中でなければ、やがちゃんキムチも、その味も、存在しません。

八月のこの時期、その思いを強くします。

利益なのか、お客様なのか

最近、「売り上げより利益を重視しろ」という主張をよく聞きます。

ある会計・経営セミナーでは、「いくら儲けたいかを先に決めて、そこから売価や販売数を逆算して決める」と教えます。私もそのセミナーを受け、「なるほどな」と思ったものです。

ですが一方で、「果たしてそれだけでいいのか?」という思いは、常に感じていました。

商売というものが「儲ける手段」であるだけのものなら、それは正しい教えだと思います。ですが、それだけでしょうか?

ここに、ハンバーグ屋さんが2軒あるとします。

Aというハンバーグ店は、月に30万円儲けたいと考え、ひと月30日だから、1日1万円儲けようと決めます。お客さんが1日20人来るとして、一人500円ずつ儲ければ、1万円になります。一皿1000円のハンバーグの原価を500円にすれば、500円が儲かります。それで、500円で済むような材料のレシピを決めるのです。

このとき、お肉を輸入にすれば500円儲かり、国産にすれば400円儲かるとすれば、輸入肉を選びます。すべてその考え方でレシピを決めます。コストダウンのために、化学調味料も使い、「まあまあの味」が出ればいいとします。とにかく、月に30万円儲けることを優先するのです。

一方、Bというハンバーグ屋さんがあります。

Bは、とにかく味と品質を重視します。お客さんに最高の味を提供し、喜んでもらうことを目指します。

肉なら国産、玉ねぎなら北海道産、卵なら地鶏の産む健康卵を、と決めます。
そして計算してみると、一皿の原価が700円になってしまいました!

大体原価の2倍で売ろうと決めていたたので、「なんとなく」価格を1400円にしてみました。1400円で売れるか売れないかは、その時点でわかりません

結果、あるときは1日20人のお客さんがあって、700×20で14000円の儲け。

またあるときは10人のお客さんがあり、7000円の儲けしかありませんでした。

 

・・・・といったことがあった場合、さて問題です。

数年後、A店とB店は、どう変化していくでしょうか・・・?

私の答・・・。「わかりません!」

利益を重視する人たちの答・・・・「利益を決めてかかる考えのA店が成功し、あやふやなB店は失敗する」

・・・・ということなのだろうと思いますが、

さらに私の考えでは、

◎お客さんを儲けの対象と見なすA店と、お客さんにより美味しいものを食べてもらおうという姿勢のB店とでは、商売の考え方が逆だ。「私は、B店に成功してもらいたい」!

ということになります。

実際のビジネスの世界では、A店のほうが成功率が高いのかもしれません。

しかし、「こういうお店が残ってもらいたい」という希望的観測を持つ私のような人間からすれば、B店のような「お客さま第一」のお店が残れる社会であってほしいと思います。

やがちゃんキムチも、常にB店のような考え方でやって来ました。

お客様から、多くのご支持をいただけるようにもなりました。ですがA店のような考えでやれば、ビジネス的には、今より成功していたのかもしれないです。それはどちらかは、分かりません。

しかしながら、これだけは言えます。

  「今の道を進んでよかった!」と。

なぜなら、今、やがちゃんキムチが出すすべての商品は「無添加」を貫き、「超美味」を目指し作った、自信をもって出せる商品ばかりだからです。後ろめたさの一点もありません。やっていて、迷いも後悔もありません。お客様の真の喜びの方向を向いてやってきたと、断言できます。

これが、私の答です。

さて、あなたの考えは?