再び、NHK「マッサン」の話題です。本日放送分で、森野一馬が出征しました。
その朝、父の熊虎が、一馬の頭を刈りながら言う事。
「鉄砲の弾から、逃げ回れ。必ず生きて帰って来い!」
それまで、表面上は勇ましい言葉を連ねていた父が、真実の気持ちを語る場面でしたね。
私の父は、昭和18年に18歳で応召。中国で2年間戦い、戦後一年間捕虜として抑留され、21年の秋に故郷の長野県の山奥の自宅に帰って来ました。
その時まで父の安否ははっきりせず、祖父母は、覚悟を決めていたということです。その日、山道を一人歩いて近づいてくる父の姿を見つけた時の驚きと喜びを、私が中学生のときに祖母が語ってくれたことがあります。一度だけです。
しかし、父本人は、その時のことも、戦地でのことも、息子の私に何も語りませんでした。
ですがただ一度だけ、父の右の二の腕にある火傷のあとが、敵の鉄砲の弾がかすった跡だと教えてくれたことがあります。これも一度だけでした。
私の家は大家族で、東京に移って商店を始めてからも、常に親戚縁者などで賑わう家でした。
常に人が集まり、いつも食べるものがあり、言葉が賑やかに飛び交う家でした。
しかし、私が生まれる前のこの戦争の暗い思い出が語られたことは、本当にありませんでした。
つまりはそれだけ、思い出したくない、辛い思い出だったということです。
今は天国にいる父や祖父母が語らなかったことが、心に圧し掛かります。
人は、一人で食事をしてはいけません。人は、家族で毎日向き合って食事をしなければいけません。それが人間としての土台を築く、大切なことなのです。
もし家族がいなくても、それに代わる愛や心を持って、周囲の人や国がそれを助けなくてはいけません。それが社会の決まりだと思います。
国の力でそれを引き裂く行為は、もう二度とあってはなりませんね。
今日も美味しい食事をいたしましょう。
やがちゃんキムチ、今日も無添加で美味しいキムチたちを作ります。