人の数だけ物語がある。声の大きくない人々の物語です。

声の大きな人の言う事には、心は動かされません。社会の片隅で静かに暮らす人の真実の物語にこそ、感情が動きます。

「やがちゃんキムチ」が、今の柏店の場所に移って来たのは、10年と少し前の、12月。

当初は私が一人で営業しておりました。
営業といっても、店はほとんど開けません。通販が主体であったため、表のシャッターは閉めてキムチを作り、宅配便の集荷時間にだけシャッターを開ける、といった具合でした。

一人ですので、寂しいです。

しばらくしてその寂しさを紛らわせるためにラジオを買い、聞きながら仕事をするようになりました。

高層団地の中にある店のためか電波の通りが悪く、ラジオは一部の局しか鮮明に聞こえません。一番綺麗な音で聞こえるのが、「文化放送」です。開店の翌5月に、その文化放送で始まった番組が、午後一時からの「大竹まことのゴールデンラジオ」でした。

1時から3時半までの、2時間半。キムチつくりの仕事を一番集中して行う時間です。

不思議なもので、真剣にキムチを作れば作るほど、同時にラジオにも真剣に聞き入ることが出来ます。

そしていつからか、午後2時からの「ゴールデンヒストリー」というコーナーを特に楽しみにするようになりました。ある時そのコーナーで放送された「江ノ電の奇跡・鉄道少年」という物語には涙を禁じえず、声を出して泣きました。

このコーナーには、光の当たる場所にいる人、声の大きな人は出てきません。

人生に失敗した人、逆境にある人、目立たない人、障害を持つ人、弱い人、負けた人など、とても表舞台には出て来れない人達の物語です。

大竹まことさんが、その物語を、静かに読み上げます。

読み終えた余韻の中、物語に関連する楽曲が流されます。

楽曲が終わったあと、女性キャスターが、補足の情報を読みます。
感動のため、涙でその声が詰まることもしばしばあります。

この「ゴールデンヒストリー」のコーナーはしばらく続いた後、長く中断して、最近また復活しました。

徹底した取材に基づいた物語の書き起こし、大竹まことさんの抑揚を抑えた朗読。

その魅力は今も変わりません。

やがちゃんキムチの味わいの裏には、このコーナーで感動した私の心が反映されています。

味は心で作るものですから、それは確かです。

 

数年前から従業員が入り、会話や指示が必要となり、また、店もシャッターを開けて小売をするようにもなり、現在はあまりラジオを聴く余裕が無くなりました。

そんな最近のある日、所要で店を出ていた私が午後2時過ぎに戻ると、パートさんが、キムチのタレを白菜に塗りながら、泣いています。

「どうしたの?」と聞くと、「ラジオを聴いて、泣いちゃった・・」と。

文化放送がかかっていて、「ゴールデンヒストリー」で、重い病のお子さんのストーリーが流されていたようなのです。

このパートさんには、小学生のお子さんが二人います。「子供のことは泣けますね」と、目を真っ赤にして言っていました。

別に宣伝するわけではありませんが、この「ゴールデンヒストリー」の中の物語をいくつか所収したCDつきの本が、発刊されました。

私は早速買い、CDを聴きました。

そこには、病の人、障害のある人、故郷を奪われた人、戦争ですべてを亡くした人など、弱い立場の人の物語が並んでいました。弱いだけではありません。その中で必死にもがき、明るみに向かって進む人たちの物語です。

最終章には、あの「江ノ電の奇跡・鉄道少年」もあります。

私は文化放送と無関係ですから、頼まれて宣伝しているわけでは全くありません。

それでも、このCDつきの本は、お奨めします。

人の数だけ物語がある」です。